阪神・淡路大震災が起きた1995年、私は家族とドイツにいました。物心ついた頃からヨーロッパで暮らしていた私にとって日本は確かに祖国、でも世界の反対側の遠い国でした。そんなふるさとが大変なことになっているテレビの映像を茫然と眺めて、嫌な動機が止まらなかったことを覚えています。2011年の3月11日。芝居中でした。地震直後、私は何よりも残してきたクラスの子どもたちのことを考えていました。教室にいなくてごめんね。天職とわかっている仕事を手放して演劇に生きると決断した直後。複雑でした。でも子ども達は私の演劇活動を応援してくれました。目に涙を溜めながら背中を押してくれました。彼らはいくつになっても私の宝物です。毎日ニコニコで生きてほしい。そして今年2月。石巻市を訪れました。灰色の町、瓦礫の山。地震が起こる前の写真も見せていただきました。それぞれの家に、建物にそれぞれの物語があったのに一瞬にして全てなくなってしまったなんてとても信じられません。空と海がとても綺麗で、余計にそのコントラストが震災の傷跡を目立たせていました。そんな中、子どもの笑顔があるところには必ず大人の笑顔もありました。やはり子どもの笑顔は最強なのです。未来を背負う子どもたちの笑顔を絶やさないようにすること。復興への私なりの答え、そして祈りです。あに子。


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